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六月のグレゴール (1)

 その夜の月は、やけに赤かった。それが輝く夜空の下を一人の男が、ほろ酔い気分で歩いていた。彼の名前はグレゴール・パーカー。今のハリウッドをときめく人気俳優だ。大学生の頃にこの業界に入ったグレゴールは、演劇サークルで培った演技力と持ち前の端正なルックスを生かして売れっ子になった。そんな彼は近々撮影が始まる映画の決起集会を兼ねたパーティから帰るところだった。鼻歌混じりにスキップしながら歩いていると、鼻先を何か風のようなものがかすめた。なんだ?グレゴールがそう思うまもなく、何か液体のようなものが顔についた。

「……」

 それは顔に触れるやいなや、猛烈な熱と痛みを発し始めた。

「あああっ……」

 苦しむ彼の目には黒いパーカーの後ろ姿が写っていた。  おい、待てよ。  そう言おうとしたが、言葉にならなかった。  

 

 

「……ゴール、グレゴール」

「ふぇ?」

 グレゴールが目を開けると、マネージャーのジョーが顔を覗き込んでいた。 「もうすぐ着くぞ。そろそろ降りる準備をしろ」

「わかった」

 彼はそう言いながら頬に触れる。どうやら夢だったようだ。グレゴールはほっと安堵した。    ---

 コッツウォルズヒースロー空港から一時間くらい走った先にある丘陵地帯。それが今回のロケ地だった。車に揺られながら、グレゴールは今回の映画のストーリーをおさらいした。今から撮影する映画は、イギリスが舞台の吸血鬼ものだ。グレゴールが演じる役は主人公を支える先輩吸血鬼。ヒーローではないが、これも重要な役柄だ。オファーを受けたからには、どんな役柄でも演じきってみせる。それが彼の信条だった。    ---    数分後。ロケ地に到着すると、帽子をかぶった小柄な男がグレゴールを出迎えた。

「スミス監督!」

 そう呼ばれた彼は、この映画の監督だ。グレゴールは、監督と軽くハグを交わしたあと、主演俳優のジェフリー・ジョーンズや、助監督にあいさつに行った。そしてそれが済んだ後は、撮影スタッフにあいさつした。 

(続く)