グレゴールが現場入りしてから一時間後。
「ふふふ、あなたって面白いこと言うのね」
「え?」
驚く演技をするジェフの目の前で、青いドレスを着た若い女性が笑っている。彼女は、今回彼の相手役を勤めるアン・フロイドだ。グレゴールは、スタッフに混じって目を細めていた。実を言うと、彼は顔合わせの時から彼女に気があった。ニヤニヤしながらアンを見つめていると、グレゴールは後ろからジョーにどつかれた。
「おい、そろそろ準備しろ。出番だぞ」
「はいはい、わかったよ」
彼は、ため息混じりにそう言った。
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次に撮影するのは食堂でのシーンだった。
「ウィルくん、君は元気がないようだね」
グレゴールのセリフは、淀みなく、なおかつ自然だ。今回の彼の役柄は十九世紀に生きる人物なのだが、その所作はまるで当時から抜け出てきてきたようだった。そんなグレゴールの演技に、監督をはじめとするスタッフたちは見とれていた。
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その日の夜。グレゴールは、監督たちと酒を飲み明かし、千鳥足で自分の部屋に戻っていた。鼻歌混じりに薄暗い廊下を歩いていると、どこかからショキ、ショキという音が聞こえてきた。
「なんだ?」
よく耳をそばだてみると、どうやら音は衣装を保管している部屋から聞こえているらしかった。気になった彼は、こっそり中を覗き見る。
「……」
ドアの隙間からグレゴールが覗き見たもの。それは、黒いパーカーの男だった。そいつはハンガーにかけられている衣装をハサミで切っていた。彼は男に切られているのを見て驚いた。なんとそれは、自分の衣装だったのだ。
おい、おれの衣装になにやってんだよ。
グレゴールは、慌てて中に入った。
「おい、何してんだよ」
彼がそう言った瞬間、パーカー男は逃げて行った。
「なんだよ、あいつ」 グレゴールはその場に脱力した。