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六月のグレゴール (3)

 結局その日の夜は眠れなかった。次の日グレゴールは寝不足のままで現場に出た。

「……」

 そんな彼の顔を、ジョーは心配そうに覗き込む。

「なんか顔色が悪いけど大丈夫か?」

「実は……」

 グレゴールは、彼に正直に昨日の出来事を話した。しかし、ジョーの返答は意外なものだった。彼は、はっはっはと笑いながらこう言った。

「お前さ、まだあの事件を引きずってんのか?」

 ジョーの言うあの事件というのは、今から一年前に起きた話だ。グレゴールは、帰り道で通りがかりの男に硫酸を顔にかけられた。おかげで、彼は全治一ヶ月の怪我と、今も夢で見るほどのトラウマ−実際行きの飛行機で見たのだ−を負った。

「あのことは早く忘れろよ」

 ジョーは、彼の背中をポンと叩いた後、その場を立ち去った。  

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 一時間後。グレゴールはコッツウォルズの市街地にいた。今日は外での撮影なのだ。黙ったまま歩くというシーンで、ゆっくりとした歩調で歩いていると、目の前に見たことのある人影が現れた。

「あっ……」

 昨日見た黒いパーカーの男だ。彼は思わず立ち止まる。

「どうしたんです?」

 彼の異変に気づいたジェフが違和感のないようにそう話しかけたタイミングでカットがかかる。

「ミスター・パーカー、いきなりどうしたんですか」

 そう言ったのは監督だ。

「いいえ、なんでもないです」

 グレゴールは口ではそう言いながらもどこか怯えていた。

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「ミスター・パーカー、大丈夫ですか。朝から元気がないようですけど」    休憩中のグレゴールに、そう言葉をかけてきたのは、アンだ。

「ああ……」    突然のチャンスに彼の心は高鳴っていた。

「心配かけてすまないね」

「それならよかった」 

「あのさ……」

 ここぞとばかりに、グレゴールは言った。

「なんですか?」

「今夜、俺の部屋に来ないか?」