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六月のグレゴール (5)

 それからというもの、グレゴールの頭の中はあの男を捕まえることでいっぱいだった。撮影の時も、休憩中も、どうやって奴を捕まえようかと彼は考えていた。その末に、彼はとっておきの作戦に出ることにした。    ---  

 夜。グレゴールは部屋の中で一人、夜風に当たっていた。紅茶を飲みながらのんびりと物思いに耽っていると、後ろでガタッという音がした。彼はすかさずにこう言う。

「そこにいるんだろ?」

「……」

 謎の襲撃者はフードの奥で生唾を飲み込んだ。

「お前が来ることはもうわかってるんだよ」   パーカー男は今すぐに逃げ出そうと体勢を変えようとした。しかし、ここまでの一連の行動は、グレゴールの中ですでに想定済みだった。

「ジョー、今だ」

 彼がそう叫んだタイミングで、物陰で待機していたジョーが飛び出す。ボクシングの心得があった彼は、右ストレートを、パーカー男の横っ腹に直撃させた。そして見事相手を気絶させることに成功した。    ---   「ったく……」

 ジョーは、自分の足元で伸びている黒パーカーを見た。

「こっちの手を煩わせてくれるっての」

 彼はそう言うと、携帯電話を取り出した。これから警察に電話するつもりなのだ。ほっそりとした指が、電話番号の最初のボタンを襲うとした瞬間、ジョーは目を見開いて、そのまま倒れ伏した。

「ジョー?」

 グレゴールが駆け寄った時には、もう遅かった。ジョーの背中にはナイフが刺さっていた。

「一体どうなっているんだ」

 彼がそうつぶやいていると、急に刃物の冷たさを感じた。振り向くと、気を失っていたはずのパーカー男がいた。

「このやろ……」

 グレゴールは怒りに任せて男の胸ぐらを掴んだ。その勢いで、パーカー男の顔を隠していたフードが取れ、その素顔があらわになった。

「え……」   それを見た彼は動けなくなった。目の前にいたのは、自分とそっくり−いや、自分そのものの顔だった。顔の半分を占める火傷跡以外は。

「俺?」

「ククク……ようやく気づいたか、俺の偽物さん」

「に……偽物?」

 グレゴールは混乱していた。そんな彼に、相手はこう高らかに宣言した。

「俺こそが本物のグレゴール・パーカーだ」    ---  

「お前が本物だって……?」

 グレゴールは馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻を鳴らす。

「そんなの、ただの妄想だ」

 一応平静は装ってはいるものの、その声は震えていた。

「ああ、そう言うと思ったよ」

 本物のグレゴールを名乗る彼は、ため息をついた。

「お前は、俺のことや記憶や演技のスキルをラーニングしているうちに、自分を本物のグレゴール・パーカーと思いこむようになったからな」

「おい、ちょっと待てよ」

「なんだ?」

 黒いパーカーの男は、眉を釣り上げた。

「まるで、俺がロボットだって言ってるみたいな口ぶりじゃないか」

 すると、相手は馬鹿言ってんじゃないよ、と言いたげな目でグレゴールを見た。

「俺は、本当の事を言ったまでだ」

「え、と言うことは」

「お前は、俺が怪我で休んでいる間にたてられた影武者ロボットなんだよ」

「……」

 男はさらに続ける。

「俺は今から一年前に、お前も知ってるあの事件で顔に傷を負った」

 それはグレゴールが今でも夢に見る出来事だ。

「確かあれは、全治一ヶ月の怪我だったんだよな」

「一ヶ月? そんなやわなもんじゃねえよ」

 男は自分の顔を指さした。

「俺は顔全体に怪我を負って、一年くらい仕事を休む羽目になっちまった。それで、仕事をキャンセルしたくない拝金主義の会社が用意したのが、ロボットであるお前だ」

「おいおい、まだ俺をロボットって言うのかよ」

「まだ信じてないんだな」

 相手は呆れ顔だった。

「会社は俺と見た目は瓜二つ、思考も演技スキルもたくさんインストールさせたお前を影武者に仕立てた。そんなお前が俺の代わりをしているうちにお前が引っ張りだこになってしまい、全ての人間がお前をグレゴール・パーカーと思うようになってしまった」

「……」

 グレゴールは自分の手を見た。人間と変わらないディテールの手。もし、自分があいつの言うとおりロボットなら、今自分を形作ってる感情と記憶がただの作り物ということになる。

「だから、おれが本物だと言っても、偽物だって帰されるようになった。だからお前が嫌いなんだ」

 彼は、怖かった。ここから先を聞くのが。

「……」

 気づけば、グレゴールは逃げていた。俺は自分でいたい。グレゴールはグレゴールのままでいたいのだ。フロントに着いたら、警察に電話をかけよう。医者に診てもらってもいい。そんなことを考えていた彼は、遠くで拳銃の音が鳴ったことと、それから放たれた弾丸が、自分の頭を貫いていることに気づいていなかった。完全に体の機能が停止していく中でさえも、彼は抗おうとした。

「や……め……て……俺は……オレは……お」

 俺はまだグレゴールでいたい。その心の叫びも虚しく、グレゴールは機能停止した。  

(完)