その日は、見惚れてしまうほどに青い空だった。 ここは、とある街にある刑務所。建物をぐるりと囲む大きな壁の前に、一人の囚人が立ち尽くしている。 彼は、ぼーっと空を眺めていた。まるで塀の向こうの世界を求めるかのように。 囚人は、視線を空に向けたまま、ゆっくりと歩き出した。しかし、次の瞬間、ブザーがけたたましく鳴り出した。
「おい、そこでなにをしてるんだ」
彼はやってきた二人の刑務官に捕まってしまった。
薄暗い廊下には、三人分の足音がこだましていた。
「これからどこに連れて行くんです?」
捕まっているのに、囚人の声はやけに冷静だった。
「さあな。見てからのお楽しみだ」
彼の左腕を押さえている若い刑務官は、にししと笑った。
数分後。囚人が連れて行かれた場所は、こじんまりとした部屋だった。真ん中にはキャスター付きの椅子が置かれており、その横にはなにやら大きめの機械が置かれていた。彼の右腕を押さえていた年配の刑務官は、椅子をあごで指すと、こう言った。
「39番、まずはそこに座りなさい」
39番と呼ばれた囚人は、顔色一つ変えずにそこに座った。それを見ていた二人の刑務官にはその様子が不気味に見えた。まるで、感情というものを失っているようなそんな感じだ。恐怖を抑えながら、若い方が機械に繋がっているヘッドギアを39番の頭にかける。
「一体何をやるんです?」
39番のふたたびの質問に、若い方はまたかと顔を顰めた。
「何って、お前の頭の中を見るんだよ」
そう言うと、若い方は機械のスイッチを押した。
重苦しい沈黙が横たわる中、若い刑務官は、39番にこう質問した。
「39番、お前さっき脱獄しようとしたろ?」
「いいえ、空を見ていただけです」
39番は何くわぬ顔でそう答える。
「嘘つけ」
若い方は、後ろにあるモニターを親指で指した。そこには外に出たかったという文字が映し出されている。
「お前の考えは読めてるんだよ」
39番は目を見開いた。
「今君がつけているそのセンサーが、君の脳内を読み取ってくれるんだよ」
そう言ったのは、年配の方だ。彼はさらに続ける。
「39番、本当は脱獄したかったんだろ」
すると、39番は意外な返事をしてよこした。
「はい」 ようやく吐いたか。二人は顔を合わせてニヤリとした。少なくとも、この十五秒後までは。
「なっ……?」
若い刑務官は、モニターを見るなり、うめき声を出した。それには、こう映し出されている。
<本当は空が見たかった>
「えー、君。まさかふざけてるんじゃないだろうね」
ベテランは困ったように笑いながら、そう39番に聞いた。しかし、相手は口を開かない。
「おい、本当のところはどっちなんだ」 若い方はイライラしながらそう言った。それでも39番は何も言わない。相変わらず仏頂面のままだ。
「いい加減答えろよ」 若い方がそう言うと、39番はモニターを無言で指さした。
「早く解放してくれ……?」
ベテランがそう言うと、39番はついに重い口を開いた。
「疲れた。早く自分の独房で休みたい」
「は?」
若い方は、呆然と見つめていた。考えの読めない相手の顔を。