おれは、都内の会社で普通のサラリーマンをしている。特におかしな趣味はないし、何もかもが平均的な男だと思っている。岩のようにいかつい顔以外は。
なんかお前はもう死んでいるとか言いそうな顔だよな。これは入社してすぐに言われた言葉だ。ゴツゴツとした輪郭に、二股に割れた顎。さらに凛々しい眉毛。おれはこの顔のせいで、入社以来ずっと周りに距離を置かれていた。食事もする時も一人で、休憩をする時もまた一人。とにかく孤独だったのだ。そんなおれの唯一の癒しが家の近所にある駐車場に集まる猫と遊ぶことだった。休みの日になると、引きつけ用の猫じゃらしを持って駐車場に行く。そして猫たちに向かって優しい言葉をかけるのだ。
「ほら……こっちおいで」
おれは、ゆっくりと猫じゃらしを振るが、肝心の猫たちは寄ってくるどころか、威嚇してくる。ほらほら、怖くないよと一生懸命粘るが、結局威嚇され続けるまでがお約束だった。やっぱり怖いのか。そう落ち込みながら帰る日々が続いたある日、おれの元に思いがけないお客様がやってきた。
「よお、岩ちゃん。元気にしてた?」
そう陽気に手を振ってきたのは、大学の同期であり、おれの唯一の理解者である川上だった。明るく人懐っこい笑顔が素敵な彼は、おれを怖がらなかった。そんな川上は変わらぬ笑顔でおれの家の中に入ってきた。
「で、話ってなんだ?」
おれは、冷蔵庫の中にあった炭酸水をグラスに注ぎながら言う。
「実はさ、うちの新製品を試して欲しいんだよね」
「新製品?」
川上は、ウェアラブル端末を取り扱うベンチャー企業に勤めていた。
「これだよ」
彼は、おれの前にそれを差し出した。
「なんだこれ」
それは、猫耳がついたヘッドセットだった。カチューシャに、脳波を測るセンサーがついたものの上にはこれまたキュートな猫耳がついている。
「お前、ふざけてるのか?いい歳こいてこんなの作るなんて」
おれはため息をついた。しかし、川上は変わらぬ笑顔で、「まあまあ、着けてみなよ」とおれにそれをつけるよう促した。
「わかったよ」
おれは言われるがままにそれをつける。そうすると、耳がぴょこぴょこと動いた。おれには少し気恥ずかしい。
「ちょっと照れくさいな」
そんなおれに川上が言う。
「ちょっと深呼吸してみて」
おれは深呼吸をした。そうすると急に耳が下がった。これはリラックスしてる証拠だ。
「すごいな」
おれは頭の上の猫耳を撫でた。すると、ゴロゴロと言う音がした。
「すごいだろ。種族問わず仲良くなれる優れものだ」
川上は、誇らしげに笑った。
「これなら、猫が相手でも使えそうだ」
おれは、これを後日猫に使ってみることにした。
数日後。おれはあの猫耳をつけて猫たちに会いに行った。
「ほら、おいで」
おれは猫耳をぴょこぴょこと動かしながら、猫じゃらしをふった。それに加えてゴロゴロという音を鳴らす。すると、猫はいつもの威嚇をせずに普通に寄ってきた。おれはすかさずにゃあという鳴き声を出す。猫は嬉しそうに喉を鳴らした。どうやらおれを仲間として認識しているようだ。
「はは、可愛いな」
足元にすり寄ってくる猫たちを見つめていると、後ろから声がした。
「あの……先輩ですよね」
「え?」
慌てて振り向くと、会社の後輩の女の子がいた。
「あ……えっとその」
いきなりの登場にどう言葉を返せばいいか悩んでいると、彼女の方から口を開いた。
「先輩って、猫好きなんですね」
「ああ……まあな」
おれは思わず照れ臭くなった。その証拠に猫耳はぴょこぴょこ動いている。
「わたしも、猫好きなんです」
彼女もまさかの猫仲間だった。猫耳はまだぴょこぴょこと動いている。そして女の子は、とどめの一言をはなつ。
「あと、猫耳似合ってますよ」
おれは赤面した。でも、嬉しかった。仲間ができたことが。猫と一緒に遊ぶ仲間ができたことが。