CityScape

自作の小説とか雑文とか

今日のショートショート #13 「丸森さん」

 これは、おれが高校生の頃の話だ。  その時いわゆるチャラ男だったおれは、つまらない学校生活の合間に、同じクラスの丸森さんをいじって楽しんでいた。彼女はいわゆる緊張しいな性格で、いきなり話しかけると、必ずどもるのだ。その様子が可愛くて、おれはいきなり後ろから肩を叩いたり、遠くから話しかけたりして、反応を楽しんでいた。そんなある日の放課後、おれは友達と一緒に丸森さんをカラオケに誘った。

「え……か、カラオケ?」 

「うん、カラオケ」

 会話するたびにおうむ返しする彼女は、とても可愛かった。しかし、丸森さんの反応は意外なものだった。

「わ……悪いけど……わたし用事」

 どうやら、おれたちとカラオケするのが嫌らしい。だが、おれはあきらめなかった。

「ふふ、用事なんていつでもいいよ」 

 丸森さんは、上目遣いでおれを睨んだ。

「なあ、一生のお願いだからさあ……」

 おれは懇願するような目を彼女に向ける。丸森さんは、少し考えるようなそぶりを見せた後、こう言った。

「仕方ないですね」    

数分後。カラオケボックスの一室で、おれと仲間達は、流行りのモカザイルや、十代目Vソウルブラザーズの曲を歌った。それを丸森さんはつまらなそうに見ている。そんな彼女の困った顔を見ようと、おれは更なる行動に出ることにした。

「ねぇ、丸森ちゃん、一緒に歌おうよ」

 おれが丸森さんの手首をつかむと、嫌そうな顔をした。

「え……」

「好きそうな曲いれたからさ」

 おれはカラオケの画面を指さした。そこに映し出された曲のタイトルは”チョコパンくんの歌”。有名な子供向けアニメの主題歌だ。小柄で丸顔、さらに童顔の丸森さんにピッタリだと思ったのだ。それを見た彼女はテーブルに置かれておいたデンモクの演奏中止ボタンを無言で押した。その顔は少し赤くなっていた。この時はまだ誰もが考えてもいなかった。丸森さんの堪忍袋の尾が静かに切れていることを。  

 カラオケ開始から三十分経過したころ。ひと段落ついたカラオケから、なにやら不穏な雰囲気のイントロが流れてきた。画面に現れたタイトルは"殺-satsu-"。こんなの、誰が入れたっけ。誰もがそう思った時、丸森さんがいきなり立ち上がった。彼女は不敵な笑みを浮かべた後、ガニ股になって獣の咆哮のような声を出した。そしてその後は、ヘヴィな音にのせてここでは書けないほどの過激な表現満載の歌を歌った。しかも、子供みたいな声だと思いきや、なかなか上手いし、凄みもある。特にすごいのは、歌ってる時の目だった。人を殺したことのある奴の目だった。頭を振ったり、周りを煽ったりするなどした後、曲は終わった。  

 曲が終わった後、おれたちは呆然と空中を見つめていた。

「どうでした?」

 そんなおれたちに対し、丸森さんは充実した表情だった。

「ええ……まあ」

 今思えば、語彙力がなかったことが恨めしい。

「こないだ言っていたヂルアンハイドですよ?戸田くん知ってましたよね」

 ヂルアンハイド。その言葉を聞いたおれはこないだの事を思い出した。今から一週間前、電車の時間までの暇つぶしにと、駅ビルの本屋に行ったおれは、音楽雑誌コーナーで丸森さんを見つけた。彼女はロック系の雑誌を食い入るように立ち読みしていた。その時に読んでいたのがヂルアンハイドのインタビューだった。おれは背後から覗き込みながらこう言った。

「ああ、これおれ知ってるよー。天様だろ、いいよねえ」

 おれは知ったかぶりをしていた。困らせるために。それ以来は知ることも知ろうとすることもなかったが、まさかこんなところで再会するとは思わなかった。

「いや……おれは」

 気まずくなったおれは、そう口籠もった。

「知らないですよね。もしよければメドレーしましょうか?」  普段の口調はどこへやら、丸森さんは饒舌になっていた。

「いや……いい」

 おれは全身に嫌な汗をかいていた。そんなおれに、彼女はさらに迫った。

「好きなんですよね。だったら耐えられるでしょう?」

 いつの間にやら、立場は逆転していた。

「ごめん、丸森さん。強要したおれが悪かった」

 おれは完全に涙目になっていた。  

 それからと言うもの、おれは丸森さんをからかわなくなった。彼女はたまにおれに話しかけたりしたが、丸森さんの姿を見ると、あの時の目がフラッシュバックするようになり、おれは彼女を避けるようになった。その状態のまま、おれは高校を卒業した。卒業から十年が経った今年の春、おれは同窓会で丸森さんに会った。丸っこかった体はいつの間にやら細くなり、あの吃りがちな独特なしゃべり方はハキハキとした様子にブラッシュアップされていた。つまりいじるところがなくなったのだ。そんな彼女は、おれを見た途端、こう言った。

「あっ、戸田くん!あれ以来ヂルは覚えました?」

 おれは恥ずかしかった。周りの同級生たちがヂルって何と言いたげな顔でおれを見る中、おれは逃げるように帰っていった。