CityScape

映画レビューとか日常とか

優しい世界

 思えば、褒められたことのない人生だった。    東京から少し離れた片田舎の農家に生まれたおれは、幼いころから要領が悪いのか、家族に否定されながら育った。

「お前はなんもできないな」

 父からはいつも不満げにそう言われ、

「まったく、お前は役立たずだねえ」

 祖母からは、その言葉と共にゴミを見るような眼を向けられた。そんな家が嫌で、高校を卒業した後、逃げるように東京に出た。あっちには、おれを肯定してくれる人がいるはずだ。おれはそんな希望を胸に上京したが、そこで待っていたのは辛い現実だった。

「おい、この書類、間違ってるぞ」

 持ち前の要領の悪さが災いし、就職先では同僚たちに迷惑をかけ続け、

「お前は本当に使えねぇな」

 上司からは毎回怒られるという日々を送っていた。つまるところ、ここも実家と変わらないということだ。とにかくおれは、優しさが欲しかった。寒い日に体を包み込むブランケットのような。そんな中で、おれはあるものと出会った。    おれがそれと出会ったのは、休みの日にネットニュースを見ていた時だった。下世話なニュースに混じって、こんな文字が飛び込んできた。  "VR空間の豪邸、売ります"  それはネットオークションの宣伝記事だった。それによると、VRコミュニティ"V-World"内に作られた豪邸の所有権利がネットオークションにかけられるということだった。普通の人だったら、「へえ、そんなこともあるんだ」と、流すはずであるそれだったが、なぜかおれの胸は激しくときめいていた。

「これは……」

 気づけばおれの手はリンクをクリックしていた。    オークションはその日の夕方に行われた。周りの人は、百万や十万といった法外な値段を出した。おれは、どうせ当たらないだろうと、一万という庶民的な値段から始めた。しかし、運がよかったのか、二万、三万と続いた後、なんと四万でそれを落札した。

「やったあ!」 

 おれは、パソコンの前で思わずガッツポーズを取った。    次の日。おれは鼻歌混じりに出勤した。VR空間とはいえ、豪邸を一夜にして手に入れたおれの目には、周りの同僚の視線がどこか自分を祝福してるように見えた。

「俺、ミラーワールドに家を買ったよ!」

 そんなもんだから、おれは笑顔で同僚たちに報告して回った。

「えっ、お前が?」

「えー、嘘だろ」

 彼らの反応は、誰もがそんな調子だった。しかし、今のおれには、どこ吹く風だった。

「今度招待するよ」 

 おれはそう言うと、爽やかに仕事に戻った。    数日後。IDとパスワードがVRゴーグルと共にやってきた。ようやく手に入れた自分だけの城。おれは仕事の日以外は、三日三晩そこにこもり、可愛らしいNPCメイドを配置したり、ゴージャスな家具を置いたりした。

「お帰りなさいませ」

「お帰りなさい!」

 仕事から帰ると、おれはすぐにVR空間に繋いだ。

「ん、ただいま」

 おれは、片方に黒髪ロングのクールタイプの少女を、もう片方には金髪ツインテールの可愛い系の少女を侍らせていた。

「いやぁ、今日も仕事で失敗したよ」

 おれは黒髪の子の太ももに顔を埋めながらそう言った。

「あらあら。まあ、今度から気をつけてくださいね」

 彼女は、優しい声でそう言った。

「ちゃんと反省できただけ偉いです」

 金髪の子は、そう言って頭を撫でた。ここのメイドたちは、全員おれを否定しないように作ってある。おれを全然否定しない優しい世界。おれは、この屋敷が一番好きだった。

「ありがとう、みんな」    向こうの世界に篭るようになってから数ヶ月後。おれは周りの同僚たちを屋敷に招待した。しかし、誰も取り合ってくれなかった。

「なぁ、なんで招待状読んでくれなかったんだよ」

 おれは同僚の一人にそう詰め寄った。

「お前ってさ、キモいんだよ」

 同僚は、おれに背を向けながらそう言った。

「どうしてだよ」

「お前はさ、本当にきもいよ。自分の理想の世界に篭って」

 彼はさらに続ける。

「お前がさ、使えないって言われてる理由ってわかるか? できるようになろうっていう努力のあとが見えないんだよ」

 図星だった。耐えられなくなったおれは、その場から逃げ出した。

「ただいま」

 "家"に帰ると、メイドたちがいつもの笑顔で出迎えてくれた。

「あれ、ご主人さま、元気がないんですね」

 その中の一人が心配そうにそう言う。

「ちょっと、膝枕してくれ」

 おれがそう言うと、彼女は驚きながらも、それに応じた。    その日以来、おれは屋敷に篭るようになった。もはや仕事はどうでもよかった。愛しのメイドたちに囲まれて暮らせればいいと思っていた。そんな中、久々に現実世界で電話がなった。

「もしもし、元気?」

 声の主は、母だった。

「母さん」

「最近電話ないから心配しちゃってね。いつも頑張ってるから」

 それは一番求めていた言葉だった。おれは静かに涙を流した。