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いじめ撲滅デバイス

 ある日の朝。
「あれ、ない」
 ここはとある中学校。ここの三年生である五木茂は鞄の中を見て焦っていた。
「どうしたの?」
 隣の席のクラスメイトがそう彼に聞くと、彼は、泣きそうな声でこう言った。
「数学の教科書がないんだ」
「家に置いてきたんじゃない」
「そんなわけない。いつも教室に置いてきてるから」
「えー」
 二人が首を傾げていると、後ろから、こんな声が聞こえてきた。
「お探しのものは、これかな」
 後ろを向くと、黒髪にメガネをかけた男子生徒がにっこりと笑っていた。その手には数学の教科書が握られている。
「あ……」
 茂はそれを見た途端、顔をしかめた。なぜなら、その教科書はページをビリビリに破られた上に、死ねだとか相手を罵倒する内容の落書きがページいっぱいにされていたからだ。
「ゴキブリには、これがお似合いだよ」
 彼はボロボロの教科書を茂の机の上に投げた。
「……」
 彼はメガネの少年を睨んだ。教科書をボロボロにして返したこの生徒の名前は、秋原晶。見た目はこの通り、品行方正な優等生だが、裏ではなぜか茂をゴキブリと呼んでネチネチと虐めているのだ。茂はどうして彼が自分を虐めているのがわからなかった。一回どうしてそんなことをするのか聞いたことはあったが、その時は、ただこう返された。
「あんたがムカつくからだ」
 どうして、ぼくを見るとムカつくんだろう。それが茂にとって長年の謎だった。
 
 数日後。放課後の教室で、晶は茂の机を教室の外へ持ち出そうとしていた。明日の朝、これを渡り廊下の下に捨てるためだ。時間をかけて、ゆっくりと廊下に机を出した。
「これでよし、と」
 そう額に浮き出た汗を拭っていると、いきなり肩に冷たい感触がした。
「おっ、これはこれは。秋原君じゃないか」
 誰だと思って振り向くと、ボサボサの髪に無精髭を蓄えた白衣姿の男が立っていた。
「水セン?なんでここに?」
 水センと呼ばれた男は晶の方を見てにっと笑った。
「さあな?なんでだろうな?」
 どこか嘲笑っているような、戯けているような態度のこの男は、この学校の保健教諭で、名前を水木智也と言った。
「そういう君こそ、ここで何をしているのかな?」
 水木はわざと真面目くさった声でそう言った。
「あ、これは」
 晶は慌てて茂の机を隠した。しかし、水木にはそんなことなどお見通しだった。
「ああ、小泉くんの机だね。かけてあるもので大体わかるよ」
 彼はわざと意地悪く言う。
「あっ、えっと……」
 晶は自分の心を見透かされたような気がしてしどろもどろになっていた。そんな彼の心に追い討ちをかけるように、水木が言う。
「ああ、わかった。君は小泉くんに嫌がらせをしようとしているんだね」
 彼は思わず固まってしまった。
「図星だね」
 水木は悪戯っぽく笑う。
「え、あ」
 何も言えずにいる晶を前に、水木はまるで子供のように飛び跳ねた。
「ふふっ、みーちゃった、みーちゃった」
 晶は顔面蒼白になっていた。
「どーしよっかな、校長先生にチクっちゃうかな」
 水原がふざけた調子でそう言うと、晶は慌て、
「そっ、それだけは」
 と言った。
「そうだったね。君はS高への推薦が決まっていたんだね」
 ここら辺でS高といえば県内屈指の名門校だ。だからこんなことを周りに露呈されることは、晶にとっては死活問題だった。
「お願いします。言わないでください」
 晶は水原が引くくらいの勢いで懇願した。それを見た彼は、ため息をついた後、こう言った。
「わかったよ」
「よ、よかった」
 そう安堵したのも束の間、水原はさらにこう続けた。
「その代わり、条件がある」
「じょ、条件ですか?」
 晶は、目をパチクリさせた。
「うん、さっきのことを黙っている代わりに、君にある実験に協力して欲しいんだ」
「じ、実験?」
 ますますなんのことかわからなかった。
「先日、文部省が小泉製薬と組んで性格矯正デバイスというのを作ったんだけど、その運用実験の舞台に、この学校が選ばれたんだ」
「は、はあ」
「で、君にそれの被検体になって欲しいんだ」
「えーと、つまり、ぼくにモルモットになって欲しいと」
「うん、その通り」
「そ、そうですか」
 晶はため息をついた。
「引き受けてくれるね?」
 水原は、彼の目をじっと見た。晶は、キョロキョロと目を彷徨わせた後、遠慮がちに口を開いた。
「親に聞いてみます」
「おー、そうか」
 水原はそう言うと、パンフレットを渡した。
「それなら、返事楽しみにしてるよ」
 
 数時間後。
「すごいじゃないか、匠」
 家に帰ってすぐ聴こえてきたのは、父のうれしそうな声だった。リビングに入ると、晶の弟である匠が笑顔でテストの答案用紙を両親に見せていた。
「お前はなかなか優秀だよ」
「また百点取るなんて、すごいわ」
 母が優しく頭を撫でると、匠は花が咲くような笑みをこぼした。晶は、匠のこの笑顔が嫌いだった。愛を独り占めしてきたような満ち足りた笑顔。彼は、弟が憎くてたまらなかった。それだから、匠と同じような雰囲気の茂をいじめてしまうのだ。晶がそんな思いを抱えながら三人を見つめていると、彼がいる事に気づいたのか、匠がこう言った。
「あっ、お兄ちゃん。おかえり」
「ただいま」
 晶がそう言うと、両親のほうも気がついたのか、一斉にこっちを見た。
「ああ、帰ってたのか」
「気づかなかったわ」
 そう言う目には先程の愛情のかけらもなかった。
 
 一時間後。夕食の時間に、晶は先程の実験の話をした。実験体に自分の息子がなるのなら、きっと心配をしてくれるだろう。そんな彼の期待は、すぐに打ち砕かれた。
「いいんじゃないか」
「ええ」
 それが話してすぐの両親の言葉だった。まるで、そいつのことなどどうでもよいというような口振りだった。
「え……」
 思わぬ反応に、晶が戸惑っていると、母親が頬杖をつきながらこう言った。
「楽しみだわ。どれだけ優秀になるか」
 その目は、どこか笑っていなかった。
 
「……という事なんだ」
 次の日の昼休み、保健室で、晶は水木に昨日の話をした。
「ふむ、そう言う事は、引き受けてくれるという事だね?」 
 水木は紅茶を飲みながらそう言った。
「はい」
 晶は静かにそう答えた。その姿を見た水木は嬉しそうに言う。
「よし、それなら校長先生に言っておくよ」
 
 数日後。晶は授業を終えた後、水木に指定された病院に言った。診察室に入ると、年配の医者が出迎えてくれた。
「君が秋原くんだね」
 簡単な問診の後、処置が始まった。
「それでは始めるよ」
 医者の手には注射器が握られていた。その横で若い看護師が言う。
「痛かったら手をあげてくださいね」
「はい」
 歯医者かよ。晶は心の中でそう突っ込んだ。そうしてる間に、注射の針がうなじに突っ込まれた。少しちくっとは感じたが、それは一瞬だった。
 
 注射をした次の日。いつも通りに登校した晶は、図書室から出ようとする茂を見つけた。
「おい、何してるんだ。ここで」
「何って、勉強だよ」
「ふーん、真面目だな」
 彼は、ニヤリと笑い、外から扉を押さえつけて、出られないようにしようとした。しかし、その瞬間、いきなり全身が痺れて倒れてしまった。
「秋原くん?」
 茂は、心配そうに晶の顔を覗き込んだ。
「あ……あぁ」
 恥ずかしくなった彼は痺れる足を引きずりながら、その場を立ち去った。
 
 一時間後。この日最初の授業は英語の小
 テストの返却だった。晶の点数は八十二点。その一方で茂の点数は百点だった。
「五木くん、すごーい!」
 周りの女子生徒がざわつく中、茂は顔を真っ赤にしながら俯いた。
「て、照れるなぁ」
 ゴキブリのくせに。晶はその言葉を口にしようとした。
「らりるれれろ」
 その瞬間、彼は思わず自分の口を両手で塞いだ。
「え……」
 さっきのあれといい、今日の自分はどうしたんだ?そう思っていると、茂がやってきた。「どうしたの?」
 彼は晶の顔に自分のそれを近づけた。
「っ……」
 うるせえ、と晶は茂の足を蹴ろうとしたが、またしても全身が痺れた。
「ああぁっ……」
 彼は椅子ごと倒れてしまった。
「秋原くん、本当にどうしたの」
 クラス全体がざわつく中、頭の痛みを感じた晶はそのまま気を失ってしまった。
 
「ん……」
 晶が目を開けると白い天井が見えた。ゆっくりと上半身を起き上がらせて周りを見ると、そこは保健室だった。一体ぼくはどうなってしまったんだ?彼がそう首を傾げていると、カーテンが開けられ、水木がやってきた。
「おっ、起きたか」
「水セン、一体これはなんなんだよ」
 晶がそう言うと、水木は笑いながらこう答えた。
「デバイスの効果だよ」
 彼はさらに続ける。
「君が悪意ある行動をしたり、貶す言葉を言おうとすると、体が痺れたり、頭が痛んだりするのさ。思ったより早く効果が現れて何よりだよ」
「はぁ?」
 どういう意味だよ。そう言うつもりでベッドから身を乗り出した瞬間、頭がひどく痛んだ。
「っ……痛た」
「ああ、言い忘れてたけど、そいつには怒りなどの負の感情にも反応するよ」
 水原はキャスター付きの椅子に腰を下ろしながらそう言った。
「そんな……」
 それは怒ったり、悲しんだりという人間なら持って当たり前の感情が出せないということを意味していた。そんな彼の気持ちもお構いなしに、水原は言う。
「あっ、そうだ。秋原くん、今日の全校集会で性格矯正デバイスの話するから、校長から出てくれってお達しが来たぞ」
「そんなぁ。出たくない」
 痛みを堪えながら晶はそう言った。そんな彼に、水原はさらに凄んだ。
「拒否したら、みんなにあの事言いふらすぞ」
 それにビビった晶は、こう言わざるをえなかった。
「わかりました」
 
 数分後。学校の体育館で、全校生徒が見守る中、デバイスのデモンストレーションが行われようとしていた。
「このデバイスは、悪意のある行動に反応し、行動を抑制します」
 校長はそう言うと、小さな袋を晶の前に差し出した。
「この袋を嫌いな人に見立てて殴ってごらん」
 言われるがままに、晶は嫌いな人を思い浮かべた。そうして浮かび上がってきたのは、茂ではなく、匠だった。
「……っ!」
 晶は、怒りに任せて思いっきり殴ろうとしたが、その瞬間、案の定体が痺れた。
「この通り、暴力などをすると体が痺れます」
「ら、らりるれろっ」
 晶は悔しい気持ちを声に出そうとしたが、即座に変換された。
「ちなみに、くそとか死ねだとかひどい言葉を言うと、すぐにらりるれろに変換されます」
 校長がそう付け加えると、観衆から大笑いされた。くそ、こんなのに負けるか。晶は負けない気持ちを振り絞って立ちあがろうとした。しかし、それはすぐに打ち砕かれた。
「これで、ストレス発散にいじめをしている秋原くんのような子でも、いい子になれます」
 校長は、いじめを知っていた。晶は呆然とした表情で周りを見た。生徒たちはざわつき、先生方は、まるで汚物を見るような目で彼を見た。あまりにも屈辱的で辛い状況の中、晶は激しい頭痛と共に失神した。