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名前の長い寿司

 ここは大手回転寿司チェーン「特盛寿司」の本社にある商品開発室。ここでは新メニューの開発が日夜行われていた。

「さて、みんな」
 会議室の中で、そう言ったのは商品開発部 開発三課の中島だった。
「そろそろここで、こいつに名前をつけようと思う」
 そう言って指さしたのは、皿に乗った握り寿司だ。茶色いタレに塗れたネタは一見すると鰻の蒲焼のように見えるが、実は甘辛いタレを塗られただけのイカで、彼の部下が考案した気合の入った品だ。
「それで、何か意見ある人いないか?」
 中島課長がそう言うと、すぐに一人の手が上がった。
「はい」
 手を挙げたのは白いブラウスを着た若い女の社員だった。
「じゃあ、河合」 
 河合と呼ばれた彼女はゆっくりと立ち上がった。
「私は、甘辛イカ寿司という名前がいいとお思います」
「ほう、いいね。シンプルかつわかりやすい」
 さすがだな、と中島課長が目を細めたその時、そのすぐ脇で声が上がった。
「すごい無難っすね」
 声の主は、狐のような目をした男の社員だった。
「おれならもうちょっとかっこいい名前つけるけど」
 彼は両手を頭の後ろで組みながらそう言った。どこのオフィスにも必ずはいる、生意気な若手社員特有の態度だ。河合は彼ににっこりと微笑みかける。
「じゃあ、あなたなら何てつけるのかしら、三島くん」
 三島くんと呼ばれた彼は、言われるなり一気に縮み上がった。やはり根は小心者だ。どんなに大きな態度でも強い先輩に睨まれるとすぐに小さくなるのだ。
「あっ、はい」
 彼は慌てた様子で立ち上がった。
「おれなら偽鰻のスイートソース乗せってつけます」
「フランス料理かよ」
 中島課長はため息をついた。
「センスないのね」
 河合は少し冷たい視線を三島に向けた。
「え……」
 彼は固まっていた。
「なんでも横文字つければいいってもんじゃないわ」
 河合にそう言われた三島は呆然とその場に立ち尽くした。
 スイートソースって、なんだよ。中島課長が呆れた様子で彼を見ていると、今度は三島の斜め向かいから声が上がった。
「三島くん、こんな時にはキャッチーさ、人の心をぎゅっと掴む言葉がものを言うわ」
 そう言ったのは、ここでの大ベテランである杉野だった。彼女は中島課長と同期で、彼とたくさんの新メニューの開発に携わってきた百戦錬磨の社員だ。
「キャッチーさ、ですか」
 三島はしなびた顔で、杉野を見た。
「まあ、見ててなさい」
 彼女は自信たっぷりにウィンクした後、立ち上がった。
「課長、こんな案はいかがでしょうか」
「うむ」
 中島課長は机から身を乗り出した。そして自信まんまんな杉野の口から飛び出したのは、こんな言葉だった。
「甘いか辛いか寿司」
 それを聞いた三島は、椅子ごとずっこけそうになった。
「キャッチー、なのか?」
 彼がそう言うと、杉野は眉を釣り上げた。
「甘いかと辛いかとイカをかけたわかりやすくてしゃれたネーミングよ」
「わかりやすいっていうか……なんていうか」
 三島がそう口籠っていると、中島課長がぽつりとこう言った。
「部長のダジャレみたいだ」
 すると、入り口のあたりからこんな声がした。
「呼んだかい?」
 一斉に振り向くと、スーツ姿の白髪が素敵なナイスミドルが微笑みを浮かべながら立っていた。中島課長はため息をつきながら言う。
「部長」
 そう、この人物こそが彼の言うダジャレ部長だ。飄々とした雰囲気を湛えた彼は、自由人なのかたまにふらりと、部下の元にこうして訪れるのだ。
「部長、実はかくかくしかじかで……」
 中島課長は、部長に先程までの経緯を話した。
「ふむふむ。そうなのか……よし」
 彼はそう言うと他の社員たちの方を見た。
「わたしがとっておきのものを考えてやろう」
「本当ですか?」
 中島課長をはじめ、一同はどよめいた。そんな彼らに目配せをしてから、鼻から思いっきり空気を吸い込んだ後、こう言った。
「その名も……まっ、いっか寿司だ」
 お得意のダジャレが飛び出した瞬間、みんなは一気にずっこけた。そんな状況にも関わらず、部長は続ける。
「杉野くんのを、すこしいじれば、甘いか辛いかどっちでもいっか寿司……いや、いいじゃないか寿司か」
 彼はわっはっはと笑いながら、その場を後にした。
 
「どうします、課長?」
 部長がいなくなった後、河合は中島課長にそう言った。
「決まってるだろ」
 彼は彼女のほうを向いた。
「俺たちだけで考えよう」
  
 一時間後。なおも会議は続いていた。
「スイートソース寿司、蒲焼風」
「スイートソースから離れようか、三島」
「い……いかに蒲焼」
「杉野、いい加減一回蒲焼の事は忘れろ」
「これは蒲焼じゃなイカ
「なんてこった、河合にもうつっちゃったよ」
「課長、もう何も思いつきません」
 河合はため息をついた。
「俺も」
「私も」
 三島と杉野は口々にそう続く。
「くそっ」
 どうすればいいんだ。中島課長は頭を抱えた。そして、考えに考えた末、ある事を思いついた。
「もう、こうなったらみんなの案をくっつけよう」
「え……」
「まじっすか」
「本気なの?」
 部下たちに口々にそう言われた中島課長は、はっきりとした口調でこう言った。
「ああ」
 
 数分後。
「できたぞ」
 案をまとめた中島課長は、みんなの前で発表した。
「その名も……」
 彼は深く息を吸った。
「甘辛スイートソース、甘いかからいか? イカなのに、これはイカにも蒲焼じゃなイカ。いやぁ、まいっかなぁ。イカだけに寿司」
 長い名前を一気呵成に言い切った中島課長に、周りから歓声が起こった。
「いいじゃないっすか。インパクトあって」
「河合さんのわかりやすさと、私のキャッチーさと、三島くんのセンスと、部長のダジャレがうまくミックスするなんて、さすが中島くんね」
 三島と杉野には、好感触だった。しかし、河合だけは微妙な顔をしていた。それに気づいたのか、三島が彼女に声をかけた。
「どうしたんすか、先輩」
「なんか、こんなに長くて大丈夫かなって」
「大丈夫よ、河合さん」
 杉野は河合の肩をポン、と叩いた。
「そうとは言っても……」
 それでも彼女の気持ちは晴れなかった。
 
 数日後。いよいよプレゼンの日がやってきた。中島課長は自信満々だった。試作に試作を重ねた新商品と、土壇場だがインパクトあるネーミング。今の自分に死角はない。そんな思いを胸に、彼はプレゼンに望んだ。
 
 演台に立つと、まず見えてきたのは、この会社を率いる川島社長の顔だった。まるで歴史の教科書に出てきそうないかつい顔の彼は、一代にしてこの特盛寿司を大手に育て上げたすごい人だ。
「我々がプレゼンするのは……"甘辛スイートソース、甘いか辛いか?イカなのに、これはいかにも蒲焼じゃなイカ。いやぁ、まいっかなぁ。イカだけに寿司"です」
 中島課長は、なんとか噛まずに長い名前を言い切った。
「ふむ」
 社長は目を細めた。その視線の先には皿に乗せられた試作品がある。
「甘辛たれソースを使ってうなぎの蒲焼風味にしました。おまけに長い名前でインパクト抜群です」
 それを小耳に挟みながら、川島社長と上層部はそれを食べた。社長は少し咀嚼した後、重々しい調子でこう言った。
「君たちの心意気はよーく伝わった。だが……」
 中島課長は唾をごくりと飲みこんだ。
「不採用だ」
「え……」
 唖然とする彼を前に、社長はさらに続けた。
「味はいい。だが名前が長くて覚えにくい」
 」 
「そんな……」
 中島課長は、土壇場でのあの行動を激しく後悔した。