ある星が綺麗な冬の日の夜のことです。みんなが寝静まった頃、シャンシャンと鈴を忙しなく鳴らしながら夜空を駆けるものがいました。
「ほれ、いっそげいっそげ!」
トナカイたちががひくそりに、白い髭に赤い服。その人の名は、みなさんご存知サンタクロース。彼は、できるだけ早くたくさんの子供たちにプレゼントを配ろうと躍起になっていました。
数分後。街の上空をそりで走っていたサンタさんは、ある家の屋根の上にそりを停めました。
「さてと……」
彼は、煙突を覗き込んでいました。中は真っ暗で何も見えません。
「うーん、みえないなぁ」
サンタさんは、もっと中をよく見ようと上半身を煙突の中に入れました。底はどうなってるのかと、上半身をさらに奥に入れようとした時、縁に引っ掛けていた足が滑ったのか、彼はそのまま落ちていってしまいました。
その頃。サンタさんが訪れた家のダイニングでは、この家の主人であるヒロアキ氏が、遅すぎる夕食をとっていました。その傍らには彼の妻であるユミさんがココアを飲んでいます。ヒロアキさんはこの街の郊外にある研究所に勤めていて、毎日遅くまで研究しているせいか、いつも夜遅くに帰っていました。
「子供達はもう寝たかい?」
ハンバーグにぱくつきながら、ヒロアキさんが言います。
「ええ、ぐっすりよ」
ユミさんはにっこり笑いました。
「そうか………」
ヒロアキさんは、子供部屋のほうを見て、寂しそうに言いました。彼には、ユミさんとの間に二人の子供がいました。片方は十二歳になる女の子で、マヤといい、もう一人は八歳になる男の子で、トモキと言いました。ヒロアキさんは、忙しい職業上、あまり子供たちに構ってやれないことを、彼は苦しく思っていました。そんな中でユミさんがこう言いました。
「そういえば、今年のクリスマスどうするの」
いきなりの質問でした。そんな事は、これまで頭の中に一ミリもありませんでしたから。
「えぇ、それは」
ヒロアキさんがまごついていると、どこかからドーン、という何かが落ちる音がしました。
「な……なんの音だ?」
ヒロアキさんは、怯えた様子で言いました。
「リビングのほうから聞こえたわ」
怖がっている夫とは逆に、ユミさんは冷静です。
「よし、行ってみよう」
ヒロアキさんは怖いのを抑えてリビングの方へ行ってみることにしました。
夜中のリビングは静まりかえっていました。
「なあ、ユミ」
ヒロアキさんは、丸めた新聞紙を野球のバットのように構えながらいいました。その手は微かに震えています。
「君が先に行っててくれないか?」
「あら、怖いのかしら」
ユミさんは悪戯っぽく笑います。
「そ……そんなわけ」
ヒロアキさんが生まれたての子鹿のように身を震わせていると、向こうからうめくような声がしました。
「ふぅ、まったく。せっかくの髭が台無しじゃわい」
見ると、なんとリビングに設られた暖炉から、赤い服に身を包んだ白髭の老人が這い出てきてるではありませんか。これはどう見ても、あのサンタクロースです。
「あら……」
一眼見るなり、ユミさんは目を丸くしました。その横で、ヒロアキさんは、恐る恐るサンタさんにこう声をかけました。
「ど……どなたさまで?」
「ん、誰って、ご覧の通りですよ」
サンタさんは立ち上がって両手を広げます。
「こんな時間に、うちになんの用です?」
「プレゼントを渡しに来たんですよ」
サンタさんは、ヒロアキさんの質問に、あっけらかんとそう答えました。
「嘘言わないでください」
ヒロアキさんは、先程と打って変わって静かな声で言いました。
「だってまだ……」
彼がそう言いかけたその時、すぐ後ろでドアが開く音がしました。振り向くと、二人の子供であるマヤとトモキがパジャマ姿で立っていました。
「パパ、何を騒いで……」
マヤはそこまで言って中に入った瞬間、我が目を疑いました。なぜなら目の前にサンタクロースが立っていたからです。
「すごーい、サンタさんだぁ」
トモキは興奮した様子で、サンタさんに近づきました。
「こらっ、トモキ」
ヒロアキさんのその言葉は、トモキの耳に届きません。
「大丈夫ですよ、ひどい事はしませんから」
サンタさんはトモキの頭を撫でました。
「いい子にしてたかい?」
「うん!」
和やかムードが広がる中、それを破るかのように、マヤがこう言いました。
「ちょっと、質問いい?」
「どうぞ、お嬢さん」
「なんで来たの?まだ十一月だよ」
「え?」
サンタさんは壁にかけられたカレンダーを見ました。それには確かに十一月と書かれています。
「ええと、奥さん。今日は何日かな?」
サンタさんは、ユミさんにそうたずねました。
「今日は十一月二十四日よ」
「ははは、てっきり今日がクリスマスイブだと思ってたよ」
サンタさんは照れ臭そうに笑いました。
「それなら、お詫びのしるしに、君たちにプレゼントを渡そうね」
サンタさんは、袋の中に手を入れました。
「本当にいいの?」
トモキは、目を輝かせました。
「うん、本当だとも」
サンタさんは、袋の中からカラフルな包み紙に包まれた箱を取り出しました。
「まず……お嬢さんにはこれだね」
彼は、マヤにそれを手渡しました。
「さあ、開けてご覧」
言われるがままに開けてみると、その中には植物図鑑と表紙に書かれた本が入っていました。
「これ、わたしが欲しかったやつだ。なんでわかるの?」
マヤはサンタさんにそう聞きました。
「わしはね、みんなの欲しいものがわかるんだよ」
サンタさんはそう答えると、袋からまた新しいプレゼントを取り出しました。
「そして坊やにはこれ」
トモキは、受け取ったプレゼントを早速開けました。その中に入っていたのは、なんと最新のゲーム機。
「ミンテンドースウォッチだ!ありがとう」
トモキは、飛び上がって喜びました。
「ふふふ、喜んでくれてうれしいよ」
サンタさんはゆっくりと立ち上がりました。
「嬉しすぎて、踊り出したい気分さ」
サンタさんはそう言うと、袋からタンバリンを出しました。
「さぁ、一緒に踊ろう!」
サンタさんは、タンバリンを鳴らすと、まるで飛び跳ねるように踊り始めました。軽快なリズムに合わせて、トモキも一緒に踊ります。
「ちょっ……トモキ」
最初は呆れて見ていたマヤでしたが、踊る弟の姿を見て、自分もやりたくなったのか、踊りに加わりました。
ヒロアキさんとユミさんは、離れたところから、踊る子供たちを見つめていました。ヒロアキさんは、まだ疑いが晴れていないのか、新聞紙を握りしめています。
「ヒロさん、あの人は悪い人なんかじゃないわ」
ユミさんは、ヒロアキさんにそう言いました。
「ほら、二人とも、ごきげんよ」
そう彼女が指さした先には、マヤとトモキの笑顔がありました。
「私も加わっちゃおうかな」
ユミさんはそう言うと、子供たちに加わりました。ヒロアキさんはしばらくその様子をぼんやりと見つめていましたが、やっぱり自分も加わろうと、その中に入りました。
素晴らしい夜はあっという間に過ぎ、気がつけば結構時間がたっていました。
「今日は楽しかったよ。来年もまた来るからね」
サンタさんは帰る支度をしながら、そう言いました。
「その時はちゃんとクリスマスイブに来てね」
マヤがそう言うと、サンタさんははっはっはと笑ってこう言いました。
「ははは、そうだったね」
サンタさんはそのまま暖炉の奥に消え、数分経たないうちに、シャンシャンという鈴の音がしました。四人が部屋の窓を開けると、家を離れようとするそりの姿が見えました。四人はそれに向かって、手を降りました。
「またねー!バイバイ!」
トモキはいつまでも手を振っていました。